栄養士として働いていると、栄養に関わる本や、それぞれの分野(医療、介護、教育など)に関わる本を読むことが多いと思います。しかし、一見、栄養士と関係のなさそうな本でも、栄養士の仕事に役立つ視点がたくさんあります。
今回は『LISTENー知性豊かで創造力がある人になれるー』から学べる栄養指導について考えてみたいと思います。
LISTENとはどんな本?
「LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる」は、人の話を聞くとはどういうことなのか、私たちは本当に人の話を聞けているのか考えさせてくれる本です。
栄養士として働いていると、患者さんの話を聞くことや、多職種でのカンファレンスなど、聞く場面は多くあります。また、学生時代、栄養指導を学ぶ際には「傾聴が大事」と教えられます。しかし、私自身、傾聴が出来ているかどうかには自信がありませんでした。相手が話をしやすい環境にしたり、うなずき、相槌、オウム返しなど、「傾聴のテクニック」は多くありますが、本書では、聞くという行為には、何よりも好奇心が必要だといいます。
著者は、ジャーナリストであり、聴くプロであるケイト・マーフィで、自らの経験や論文などを紹介しながら「聞く」とはどういうことなのか、「話を聞く」と、聞かれた側と聞いた側はどうなるのかを教えてくれる本です。https://www.amazon.co.jp/LISTEN%E2%80%95%E2%80%95%E7%9F%A5%E6%80%A7%E8%B1%8A%E3%81%8B%E3%81%A7%E5%89%B5%E9%80%A0%E5%8A%9B%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8B%E4%BA%BA%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8C%E3%82%8B-%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3/dp/4822289001
栄養士として「聞く」への課題感
栄養士として、栄養指導をする場合、患者さんの現状について話を聞き、こちらから情報を提供する。というスタイルが一般的かと思います。
目の前の患者さんに、心から良くなってほしいと感じ、栄養指導をしているのに、なかなか行動変容が見られなかったり、疾患の改善がみられない、指導の継続ができない。などと感じられることがあると思います。
この悩みを本書の「聞く」という視点からみてみることで、患者さんを健康に、幸せにするという本来の目的が達成できる栄養指導について考えます。
LISTENには2種類ある/栄養指導はどちらか
本書の「はじめに」で監訳者の篠田真貴子さんが書かれている部分に、LISTENには大きく異なる2つの姿勢があるとしています。
- 自分の考えと同じか違うかなど、聞き手が判断しながら聴く姿勢
- 聞き手が判断を保留して、話し手の見ている景色や感覚に集中する姿勢
この本では2の姿勢で聞くには「聴く」という字があてられています。
栄養指導では、患者さんの生活の良し悪しを判断するような、1の聞き方になりがちですし、患者さん側も、良し悪しを判断されると思って、栄養指導を受ける場合が多いのではないかと思います。
相手が誰であれ、関係をつくるには、何か共通点はないか聞きながら探し、徐々に信頼関係を築くのが王道です。
尋問はテロリストに効果がないくらいですから、社交的な場で会った人に効果があるわけがありません。「お仕事は何ですか?」「どこにお住まいですか?」「出身校は?」「ご結婚はされているのですか?」 のような、値踏みするようなプライベートな質問を浴びせかけるのは尋問です。
相手を知ろうとしているのではなく、品定めしようとしているのです。これでは、相手は反射的に身構えてしまいます。ここから始まる会話の内容も、表面的な、履歴書を再生したようなものか、手短な自己アピールになってしまってちっともおもしろくありません。
『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』
実際の栄養指導の場面では、値踏みするつもりはなくても、食事に関わるさまざまなことを質問されると、患者さんは尋問されているような気持ちになり、身構えてしまうかもしれません。
話をコントロールしたいという思いを手放す
本書では、チームワークは、話をコントロールしたいという思いを手放したところにやってくるという章題があり、これは栄養指導にも通じる点があると思います。
栄養士は、患者さんがそれぞれ抱える疾患に対して、理想的な食事療法があり、これを実行してほしいと感じます。
本書では、即興劇を例にしています。プロが即興劇を演じる場合、共に演じているパートナーを大切にし、パートナーを引き立てることに集中するそうです。即興劇を一般人がするのが難しい理由は、物語の方向性をコントロールしたいし、どんな物語かイメージをしてしまっているからだそうで、これを実践するには、コントロールすることを放棄して、その瞬間への集中が必要になります。
私たちは栄養指導で、それぞれの患者さんの理想を勝手に設定し、そこへ導こうとしてしまいます。自分の思う理想を手放して、患者さんがどうなりたいのかを好奇心を持って、判断せずに聞き、その未来へのサポートができれば、患者さんに喜んでもらえるのではないかと感じました。
”才能あふれる即興パフォーマーが、楽々と相手の言葉を拾って発展させ、自分のパートを繰り出す様子を見るのは楽しいものです。でもそれよりもさらに心を満たしてくれるのは、自分がすばらしい会話に加わり、そこでお互いに耳を傾け、考えを発展させあうことではないでしょうか。”
『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』
患者さんに「栄養士側の理想の食生活」を指導をして、我慢しながら医療者側の思う理想を達成するよりも、「患者さんの理想の生活」を一緒に考え、サポートし、患者さんが幸せを感じてくれることが栄養士側も、もっとも幸せに感じられるのではないかと思います。
アドバイスしようと思ってきくと失敗する
耳の痛い章題ですが、栄養指導でもよくある光景ではないかと感じます。
栄養指導を受ける場合、自ら志願される方もおられますが、主治医に栄養指導を受けるように言われる方も多くいます。この場合、「食事や栄養について教えてほしい!」というモチベーションでこられることは少ないため、理想的な食事療法について情報提供しても、患者さんの心に届く可能性が低くなります。
”自分が解決しようとか、助言しよう、修正しよう、気を紛らわせようと飛びついてしまうと、相手が状況にうまく対処する能力がない──「私なしにあなただけで解決するのはムリ」と言っていることになってしまいます。”
『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』
本書では、耳を傾けると、相手の問題解決の能力も上がるといいます。問題の解決策は、その人の中にあり、話を聴くことで、本人自身が問題解決の方法をみつけられるといいます。
これを栄養指導に置き換えると、私たちがそのような話の聴き方ができれば、患者さんは自分で問題の解決方法をみつけ、実行できるのです。栄養士が聴くことで、患者さんが発見した問題と解決方法にそった食事へのアドバイスなら、患者さんに聞いて、実行してもらえそうです。まずは患者さんに食事療法の方法を聞いてもらうのではなく、私たち栄養士が患者さんの話を聴くことが大切です。
聴くことは私たちを成長させる
本書の最後の章題は、「聴くこと」は学ぶことという題です。聴くことで、相手から喜ばれるだけでなく、自分自身にも大きな変化があります。
- たくさんの人の話をきくことで多くのネタが集まる
- 自分の感情や判断は置いて話を聴くので、頭が柔軟になる
- 「聴くこと」それ自体が徳の表れである
- 聴くことで自分自身の理解も深まる
これからの変化の時代にも、「聴くこと」は変わらず必要で重要な能力であると分かりました。
世界や人が常に変化を遂げる中、自分が知っていることや真実だと思い込んでいるものから、一歩も踏み出すことなく過ごす人生です。安全に思えますが、実はただ息苦しいだけです。
『LISTEN 知性豊かで創造力がある人になれる』
本書を通読すると、聴くことで、聴いた相手に喜ばれたり、幸せにするだけでなく、自分自身にとても大きな影響を与えることが分かり、聴ける人になりたい!と強く感じます。
まとめ
私たちは、「聴く」ことで、患者さんから信頼を得て、結果的に幸せにする可能性をもっています。しかし、話を聴くことで、行動変容を促そうと考える時点で、相手をコントロールしようとしているともいえます。私たちが患者さんに対する時には、コントロールしたい気持ちを手放して、心からその患者さんに興味を持って、患者さんの視点から世界を見たいという気持ちで接することが必要で、そこから自然と関係が生まれてくるのだと感じました。
言うまでもなく、聴くとは、栄養指導だけでなく、すべての人間関係に通じる大切な行為であり、聴くことを重要視して、磨き上げることは、いいことづくめだと感じました。
なかなかボリュームのある著書ですが、仕事だけでなく、家族、子育てなどいろいろな場面に役立つことがたくさん書かれており、人間関係に悩んだ時は何度でも読み返すであろう本でした。
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